ともしび
「お兄ちゃん、朝までもたないと思うよ」
病室の洗面所で歯磨きを始めた兄に声を掛けたのは、夜11時越えた辺りだと記憶している。
父の呼吸は20時ごろから明らかに変わり始めていた。兄と2人で手を握ってたその時はまだ意識があった。
この2週間、病院に泊まる度に父の呼吸に合わせて動く胸を見てきたから気づくことができた。夜、眠ろうと思っても、父が息をしているか、何度も何度も目を開いて確かめていた。
「朝までもたない」
と思った時は、5秒、10秒と息が止まる時間が増えていった。目も空虚に何も見ていなかった。
兄と呆然と父の呼吸する姿を見ていると、いつのまにか新しい日付を迎え、深夜1時に看護師さんがやってきた。声掛けに答えない父の顔と時計を交互に見ていると、スッと呼吸が止まった。
「お父さん…」
父の命のともしびは静かに消えた。
白い布団をしっかり首まで掛け、横たわる父の胸は、もう上下することなく、しーんとそこにあるだけになった。
何度も、何度も見た胸の動きを目が覚えていて、動くんじゃないかと思ってずっと見てしまう。そんな私を横に兄がビールをコップに入れ、父に献杯をした。
朝が来ても、布団は動かない。もちろん父も。次第に朝日で明るくなる部屋のカーテンを開け、父がベッドから見ていた風景を探してみる。
空と隣にそびえ立つ病院の別棟の一部を眺め続けた父。やっと、楽になれたんだね。
享年74歳。
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